ダイアナ・クラール、ホリー・コール、ダイアナ・パントンはじめ多くのジャズ・シンガーを送り出したヴォーカル王国カナダの知られざる秘宝ジャネット・ランベルの遅すぎた本邦デビュー・アルバム。
ダイアナ・パントンのレギュラー・ギタリストを務めるカナダを代表するジャズ・ギタリスト、レグ・シュワガーの妹であり、ポール・ブレイとの共演でも知られるシンガー、ピアニスト、ジャネット・ランベル。入手困難となっていたファースト・アルバムが2020年に配信のみで甦り、そして26年振りにCDとして復刻!ボーナス・トラックとしてラドカ・トネフやロバータ・フラックのヴァージョンにも劣らない『バラッド・オブ・ザ・ザッド・ヤング・メン』と彼女と親交のあったチェット・ベイカーでお馴染みの『オー、ユー・クレイジー・ムーン』を収録。
今作の聴きどころ、なんといってもジャネットの伸びやかで透明感溢れる歌声と、優しく寄り添うレグのギターの絶妙な掛け合いだろう。一方で、彼女はチェロに対して特別なこだわりを持っていて、キキ・ミスミの存在は欠かせないほど、その才能を認めている。こうした変則的な編成から生み出される、旋律やリズムは、ストレートなジャズというよりは、やや変化球で、ブラジル音楽、フォルクローレ、タンゴ、さらにロックやフォークといった様々な要素が取り入れられ、作品のバックグラウンドには豊かな音楽の地図が描かれているのがわかる。彼女自身は、今作の歌詞とスタイルは、ポルトガルへ旅行に行った際に出会ったファドに強く影響されたという。ちなみに、僕が最初にこの作品を耳にした時、ふと過ったのは、キャスリン・モーゼスという同じカナダ出身のヴォーカリスト/フルート奏者だった。キャスリンは、70年代にアメリカのP.Mレコードから2枚のアルバムを出していて、この独特の幻想的な雰囲気に、どこか共通点があるように感じた。このレーベルには、ダイアナ・パントンのサポートでも知られるドン・トンプソンや、ギタリストのエド・ビッカートといった多くのカナダ出身のアーティストの作品が残されているから、ただの偶然ではない気がする。
ジャネットは今作について、「物語に満ちた映画のような作品」と説明している。冒頭の「Givre」では実際に、モノクロ・フィルムで短編のプロモーション・ビデオを撮影してYouTubeにも公開している(https://youtu.be/CCEZI1To9so)。たしかに収録されている曲はどれも幻想的な雰囲気に包まれて、陰影に富んだ映像美が感じられる。彼女自身も、聴覚的であると同時に視覚的な音楽を目指しているという。例えば、北欧のカーリン・クローグや、イギリスのノーマ・ウィンストンといったヴォーカリストにも通じる様な、クールでエレガントな空気をまとい、それでいて叙情的な美しさも併せ持っている。それに、あえてオリジナル曲にこだわるのは、ミシェルとレグの作曲家としての才能に絶大な信頼を持っているからであり、彼女もまた歌詞というストーリーの世界観を充分に重んじているからだ。素晴らしい楽曲がずらりと並ぶが、彼女自身もお気に入りだというソフト・ボサの「Dreamcather」、まるで女性版チェット・ベイカーと言いたい淡い哀愁が漂う「Ask Her」、60年代ヨーロッパのモーダル・ジャズを捕らえたような「Winter Solstice」が筆頭に挙げたい。どれも深い内省を秘めているが、その中にきらりと光るフレッシュな輝きを見つけることができる。それがこの作品の魅力だ。・・・山本勇樹(ライナーより)
■トラック・リスト:
1 –ギブレ
2 –サムワン・エルス
3 –ドリームキャッチャー
4 –アスク・ハー
5 –シントラ・ソング
6 –アルファマ
7 –バラッド・オブ・ザ・サッド・ヤング・マン※
8 –タンゴ・フォー・ワン
9 –リマインダーズ
10 –オー、ユー・クレイジー・ムーン※
11 –サロブレナ
12 –ホエア・ウィ・リヴ
13 –ウィンター・ソルスティス
※bonus track録音:1994年/モントリオール
■メンバー:
ジャネット・ランベル-vo
レグ・シュワガー-g
キキ・ミスミ-cello
ミッシェル・ランバート-ds
Guest: ジョン・マクガビー–vln
ハービー・スパニエル–tp
マイケル・スチュアート-s